▼今日は雪。「季節ははずれの雪に、桜」とくれば、清水邦夫・作「タンゴ冬の終わりに」である。私が観たのは蜷川幸雄演出、平幹二朗、名取裕子主演の初演舞台。そのラストシーンが桜の季節に雪と桜がひらひらと舞う、何とも幻想的なシーンであった。だが、今日の「雪と桜」は、まさに「桜隠しの雪」で、いかにも季節はずれ。桜が隠れ、雪景色。
▼新日銀券の顔に、壱萬円札・渋沢栄一、五千円札・津田梅子、千円札・北里柴三郎に決まった。2024年から使用するという。渋沢栄一は「近代日本資本主義の父」と言われる。だが、日本史でも詳しく取り上げられないため、「この人誰」という若者も多いのではないか? 幕末に武蔵国・血洗島(現・埼玉県深谷市)の養蚕、藍玉を生産する富農の家に生まれ、若き日は尊王攘夷思想に傾注し、高崎城の武器を奪い横浜の外国人居留地を焼き討ちにするなどの計画を立てたと伝わる(実行はせず)。尊王攘夷が叫ばれるなか、京都行きを計画した栄一たちは、百姓身分では旅が困難なため、江戸遊学で知己を得た一橋家の用人・平岡円四郎(慶喜の片腕といわれる)に頼み、平岡の家臣として先触れを出してもらい帯刀して無事京都に上ったのである。ここで平岡から「一足飛びの過激な構想では、事の成るものではない。それよりもこの際、節を屈して一橋家に仕え、草履とりから始める決心で、追々と政治上の実権のある人に意見を進言し、之を行わしむるようにした方が賢い道だ」(実験論語処世談)と諭され、一橋家の家臣となったのである。
一橋家では農兵の採用係などをした後、勘定組頭にまでのぼった。慶喜が将軍時にパリ万博が行われた際には、慶喜の名代・異母弟・昭武(のち水戸徳川家11代藩主)の随行員に抜擢されパリにわたる。パリ万博開催中に日本では時代が変わり徳川幕府は崩壊、明治政府が発足する。
帰国してみると「洋行前とは一変しており…朝廷にたって時めいている人々には知己旧識が全然ない」(処世談)ことから、慶喜のいる静岡に行く。多くの幕臣が商工業などを勧められ苦労しているのをみて、資本を集めて「商法会所」を設立、商品を抵当として貸付や肥料の買付け農民に売ったりの事業を起こしている。
さらに、新政府の要請により、大蔵省に出仕する。人材不足の新政府にとってはうってつけの人物であったろうが、3年ほどで職を辞し、民間で「実業の振興を計ろうと決心」(処世談)したとある。ここから、「日本資本主義の父」と言われる、企業を次々と設立していくのである。第一国立銀行をはじめ各地の銀行、製紙、造船、瓦斯、保険、電気など関係した企業は500社に達し、今なお大企業として名を残している。
新壱萬円札の顔としてはふさわしい。だが、時代は電子マネー時代、泉下で深沢翁は日本の行く末をどう見ているのであろうか⁇


